俳句を英語に
筆者の趣味のひとつに俳句があります。わずか17字に情景と心情を表わし、時に色や音、感触、味、匂いや香りまで読み手の脳裏に鮮やかに想起させる俳句は、世界で類を見ない、素晴らしい総合芸術だと思います。
文字ひとつひとつが音だけでなく意味を持つ日本語でなければ、この短い17字の詩は不可能かと思います(漢字が使われる中国語は可能かもしれませんが)。
たとえば江戸時代前期の俳諧師、松尾芭蕉のあまりにも有名な一句。
閑さや岩にしみ入る蝉の声 (しずかさや いわにしみいる せみのこえ)
1689年7月13日に出羽国(現在の山形市)の立石寺(りっしゃくじ、通称(山寺))に参詣した際に詠まれた句で、みなさんもご存じかと思います。筆者の大好きな俳句です。これ以上に素晴らしい俳句はないと思います。世界の人々に知ってほしい!と思っています。
でも、どうやって? どう訳したら日本語が母国語でない人たちに、この句の素晴らしさを伝えることができるのでしょうか?
などと筆者が悩むまでもなく、上記の芭蕉の句については、すでに多くの英訳がされています。
有名な俳句の英語訳
米国出身の日本文学者・日本学者のドナルド・キーン氏(故人)は、以下のように訳しました。
How still it is here –
Stinging into the stones,
The locusts’ trill.
17字とはいきませんが、わずか12単語で訳したキーン氏の技量とセンスに脱帽です。
「閑さ」は「still」、「しみ入る」は「stinging」、「蝉の声」は「the locusts’ trill」と訳されています。
「still」と「trill」で韻を踏んでいるところはさすがです。英語の詩としても素晴らしいのではないでしょうか。しかも「trill」は「震えるような鳴き声」との意味で、まさに蝉の声にぴったりの単語ですね。
「しみ入る」はオリジナルの日本語でも比喩表現なので、キーン氏も言葉選びに苦心されたと推察しますが、ここでは「岩を突き刺すような」蝉の声と解釈されたようです。確かに、たとえば「soak」では「蝉の声に浸された岩」となってしまい、なんだかヘンですね。
もうひとつ、別の訳をみてみましょう。こちらは11単語です。
The utter silence…,
Cutting through the very stone
A cicada’s rasp
(日英京都関連文書対訳)
面白いのはこちらの蝉の声が「rasp」と訳されていることです。「耳障りな鳴き声」というような意味です。前述のキーン氏の「trill」が夕方の蜩の鳴き声だとしたら、こちらは真夏のカンカン照りの昼間に騒がしく鳴くアブラゼミやミンミンゼミといったところでしょうか。
歌人・精神科医だった斉藤茂吉の解釈を発端に、この句で詠まれた蝉の種類を巡り論争が起こり、最終的にニイニイゼミと判明したそうですが、はたして結論を出す必要はあったのでしょうか?上記の2つの英訳でも、すでに蝉の種類は違います(と思われます)。筆者はこの句を読むたび、ミンミンゼミのにぎやかな声が頭の中で鳴り響きます。解釈は読み手に委ねるのが俳句の味わい方だと思うのです。
さて、日本と日本語に日本人以上に造詣が深かったキーン氏の訳、日英京都関連文書対訳どちらも素晴らしいと思う半面、やはりオリジナルとは何か違うと思わずにはいられません。どちらの訳もそれぞれ芸術作品としてレベルが高いことに疑いの余地はありませんが、オリジナルとは別物になっている気がします。
他言語へ翻訳困難な民族性に根差した情感
俳句が往々にして日本の原風景を詠むことが多いというのも、訳を難しくしている要因のひとつかもしれません。日本の原風景が心身の細胞レベル、DNAレベルで“インストール”されていないと、本当の本当の本当のところで(deep down)この芭蕉の句を鑑賞(appreciate)して感動する(be moved)ことはなかなかできないのではないでしょうか? この、日本の原風景というのがまたやっかいなシロモノで、どうやっても英語に訳せない言葉ときています。せいぜい「native landscape in Japan」と言うぐらいでしょうか。
「侘び寂び(わびさび)」なども、永遠に100%訳せない概念かなと思います。
日本人の筆者でも日本語で簡潔に説明できませんが、侘び=質素・シンプルに見える物事を究極に美しいと思うこと、寂び=時を重ねてこそ滲み出てくる趣や佇まいに良さや美しさを感じること、といったところでしょうか。
さあ、これを英語にするとなったらタイヘンです!「侘び寂び」は物事から生き方まで多種多様な対象がありますから、対象ごとに違った説明をする必要があります。
このような、そこに住む人にしかわからない概念や感覚は日本語だけにあるわけではないようです。
ポルトガル語には「saudade(サウダーデ、ブラジル語読みではサウダージ) 」という言葉あります。辞書では郷愁、憧憬、思慕、切なさあるいはノスタルジアといった感情であると説明されています。多分99%ぐらいは合っているのでしょうが、最後の1%はポルトガル人にしかわからない、何かもっと違う、もっと深い感情を表わしているのだろうなと推察します。彼らは口々に「saudadeは他の言語に訳せない」と言います。
最近日本でも注目が高まっているデンマーク語の「hygge(ヒュッゲ)」という言葉も、「幸福」や「心地よさ」という日本語訳では100%表現しきれない何かもう一段上の「感覚」を意味しているのではないでしょうか?
By Acco
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